東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)122号 判決
一 原告の請求の原因及び主張のうち一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、審決にこれを取り消すべき事由があるかどうかについて判断する。
二 先ず引用例(成立について争いのない甲第六号証)の記載内容をみてみるに、その第一頁左欄第一七行ないし第三〇行には、「酸化銀亜鉛蓄電池は、充放電中に亜鉛が樹枝状に発達し、陰極より陽極に到着し、いわゆる短絡して蓄電池の寿命が尽きる。そのために従来より、セロハン等の薄膜を使用し、微粒子の通過を防止したが、セロハン等は陽極の酸化作用のため老化し、この部分より短絡が発生する。これを防止するためにこれらを重ねて厚くしているのが普通であり、このため蓄電池内部の抵抗が増加し、……蓄電池自体の機能を阻止するような欠点を有している。」として、従来のセロハン等の薄膜をセパレーターとして使用したものの欠点を挙げ、同欄第三一行ないし第三六行において、引用例の発明は右の欠点を除くために、セロハン等の薄膜に孔を多数有せしめ、該薄膜を重ね合せてセパレーターとして使用することにしたものであることを述べ、同右欄第一五行ないし第二八行において、そのようなセパレーターを使用する蓄電池の効果として、「蓄電池の充放電時の電解液の温度変化、アルカリ液による膨潤、発生ガスの逃出等により、薄膜を重ね合せた一部分を見ると、一枚一枚の条件が異なるから相対的に、絶えず移動している事になる。この事は充電時に、陰極面より、樹枝状に陽極面に向つてのびる亜鉛のいわゆるトリーをも切断せしめる役を有する。本発明蓄電池は以上の如きものである故……樹枝状亜鉛による短絡をも機械的、物理的に防止する長寿命の優秀なる蓄電池である。」旨記載されていることが認められる。
右記載によれば、引用例は、要するに、酸化銀亜鉛蓄電池においては、充放電中に亜鉛が樹枝状に発達し、陰極より陽極に到着し、短絡してその寿命が尽きるようになるが、引用例の発明はこの寿命を可及的にのばすことを目的として、セパレーターとして孔を多数有するセロハン等の薄膜を重ね合せて使用するものであるところ、右の目的は薄膜が絶えず移動していることによつて達せられるということを示しているものと認められる。
原告は、引用例には、「薄膜を重ね合した一部分を見ると、……絶えず移動していることになる。」との記載はあるが、移動していることは移動させることではないから、審決が引用例には各薄膜を相対的に絶えず移動させることが記載されていると認定したのは不当であると主張する。
しかしながら、薄膜が絶えず移動しているという知見を短絡防止に利用するということは、薄膜を移動させて短絡を防止するということと同じであり、その移動が本願明細書の実施例における装置22のような機構によつてもたらされるものであるかどうかは移動させるという意味においては問うところではないから、原告の主張は理由がない。
原告は、また、引用例には、「各薄膜が移動していることは、「充電時に、……樹枝状に……のびる亜鉛のいわゆるトリーをも切断せしめる役を有する」旨及び「樹枝状亜鉛による短絡をも……防止する」旨記載されてはいるが、右「切断」及び「短絡の防止」の記載は、本願発明における樹枝状突起の「形成」の「防止」を示唆するものではないと主張する。
そこで、この点について検討するに、成立について争いのない甲第八ないし第一二号証によれば、本願発明の明細書中には、「本発明はアルカリ蓄電池充電時の樹枝状突起形成防止方法に関するものである」(甲第八号証第一頁第一四、一五行)、「本発明は、……アルカリ蓄電池を充電する場合の樹枝状突起の形成を防ぐに当り」(甲第八号証第三頁第九行ないし第一六行、甲第九号証)との文言を記載した部分があり、これによれば本願発明に係る蓄電池は樹枝状突起を全く形成させないものであるかのごとくであるが、他方、明細書中には、樹枝状突起が形成されることの対策の一つとして、「低い亜鉛酸塩含有量の電解液をセパレーターとカソードとの間の場所に供給して、その場所で成長しこうしてカソードへ向つて行く樹枝状突起の成長を促進する条件をできる限り除去すること」(甲第八号証第二頁第一七行ないし第三頁第一行、甲第一一号証)が挙げられ、本願発明に係るセパレーターの目的の重要な一つとして、「亜鉛の樹枝状突起が、その蓄電池が充電されている間にアノードからカソードに向つて成長することを極力防止すること」(甲第八号証第一頁末行ないし第二頁第二行、甲第一一号証)が挙げられているところからすれば、本願発明の発明者も、セパレーターによつて樹枝状突起が「形成」されないようにすることを意図したものではなく、形成されはするが、それが「成長」することを極力防止するようにしたものであると言つて差支えなく、セパレーターを振動させて樹枝状突起の成長を防止することは、それによつて陽極と陰極とが短絡しないようにして蓄電池の寿命を可及的にのばすことを目的とするものであり、その点において、同じくセパレーターを振動させて、もつて、樹枝状突起を「切断」して陽極と陰極とが短絡しないようにする引用例の発明と本願発明はその技術思想においてなんら異なるところはないというべきであるから、原告の主張は理由がない。
三 原告は、審決が本願発明における数値限定は当業者が所望に応じて容易になし得るものと認定した点を非難し、本願発明は、一―五〇〇ヘルツの振動によりセパレーター及び又は電極面の電解液に乱流を生ぜしめ、この乱流により樹枝状突起の形成を防止するものであるところ、このような電解液の流れが引用例に発生するとは考えられない旨主張する。
しかしながら、本願発明における数値限定は出願当初の明細書(前掲甲第八号証)の特許請求の範囲には記載されておらず、本願発明は、ただ、陽極及び分離体(註セパレーター)の少なくともひとつがその充電過程中振動運動にもたらされることを構成要件とするものであり(特許請求の範囲中の記載)、発明の詳細な説明中にはその振動運動は「好適には〇・〇一ないし一〇〇〇Hz、好ましくは一ないし五〇〇Hzの振動数(甲第八号証第五頁第一四行、一五行)と記載されていたこと及び原告主張の乱流に関する記述はその後の手続補正書(成立について争いのない甲第一一号証)によつて追加挿入されたにすぎないことを考え合せると、本願発明における振動数の数値限定は臨界的な意味のあるものとは解されず、仮りに本願発明において一ないし五〇〇ヘルツのセパレーターの振動により電解液に乱流が生じ、その結果樹枝状突起の成長が防止されるようになるものとしても、引用例のセパレーターには一ヘルツより少い振動しか生じないとする証拠はないから、原告の主張は結局において理由がない。
四 右のとおりであり、原告の主張はいずれも理由がなく、本願発明は引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定に誤りはないから、その取消を求める原告の請求を棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(1) 一個の亜鉛アノード及び一個のカソードを有する単位電池群を含有する蓄電池を充電する場合の樹枝状突起の形成を防止する方法において、亜鉛アノード及び(又は)亜鉛アノードとカソードとの間になるべくなら配置されたイオン透過性セパレーターが充電過程中に振動数一―五〇〇ヘルツの振動運動にもたらされることを特徴とする方法。
(2) 一個のアノード及び一個のカソードを含有する蓄電池について特許請求の範囲第一項の方法を行なう為の装置において、亜鉛アノード及び(又は)イオン透過性セパレーターに働きかけて充電過程中に亜鉛アノード及び(又は)セパレーターを振動数一―五〇〇ヘルツの振動運動にもたらすことができる振動手段が、亜鉛アノードに、及び(又は)亜鉛アノードとカソードとの間になるべくなら配置されているセパレーターに配置されていることを特徴とする装置。